(バシャンの王オグはレパイムのただひとりの生存者であった。彼の寝台は鉄の寝台であった。これは今なおアンモンびとのラバにあるではないか。これは普通のキュビト尺で、長さ九キュビト、幅四キュビトである。)
十四年目にケダラオメルは彼と連合した王たちと共にきて、アシタロテ・カルナイムでレパイムびとを、ハムでズジびとを、シャベ・キリアタイムでエミびとを撃ち、
主は言われる、 それゆえ、見よ、アンモンびとのラバを攻める 戦いの叫びを、わたしが聞えさせる日が来る。 ラバは荒塚となり、その村々は火で焼かれる。 そのときイスラエルは自分を追い出した者どもを 追い出すと主は言われる。
さてヨアブはアンモンの人々のラバを攻めて王の町を取った。
さきにわたしはアモリびとを 彼らの前から滅ぼした。 これはその高きこと、香柏のごとく、 その強きこと、かしの木のようであったが、 わたしはその上の実と、下の根とを滅ぼした。
それゆえ、わたしはラバの石がきに火をはなち、 そのもろもろの宮殿を焼き滅ぼす。 これは戦いの日に、ときの声をもってせられ、 つむじ風の日に、暴風をもってせられる。
あなたはまたアンモンの人々のラバと、ユダと、堅固な城の町エルサレムとにつるぎの来る道を設けよ。
春になって、王たちが戦いに出るに及んで、ダビデはヨアブおよび自分と共にいる家来たち、並びにイスラエルの全軍をつかわした。彼らはアンモンの人々を滅ぼし、ラバを包囲した。しかしダビデはエルサレムにとどまっていた。
時に、ペリシテびとの陣から、ガテのゴリアテという名の、戦いをいどむ者が出てきた。身のたけは六キュビト半。
(これもまたレパイムの国とみなされた。むかし、レパイムがここに住んでいたからである。しかし、アンモンびとは彼らをザムズミびとと呼んだ。
またアナクびとと同じくレパイムであると、みなされていたが、モアブびとは、これをエミびとと呼んでいた。
また城壁を測ると、百四十四キュビトであった。これは人間の、すなわち、御使の尺度によるのである。
次にレパイムの生き残りのひとりであったバシャンの王オグ。彼はアシタロテとエデレイとに住み、
アシタロテとエデレイで世を治めたバシャンの王オグの全国。オグはレパイムの生き残りであった。モーセはこれらを撃って、追い払った。
わたしはラバを、らくだを飼う所とし、アンモンびとの町々を、羊の伏す所とする。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るようになる。
その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、